書評

ビジネス・実用書レビュー
シーナ・アイエンガー『選択の科学』 選択 は最悪を最高にできる〜前編

補助金・助成金の強い味方、補助金リーチ.comのビジネス・実用書レビューは1冊の本の書評を前編・後編2回に分け、毎月第2・第4月曜日(祝祭日の場合は翌日)にお届けいたします。
8月は都合で書評をお休みしました。今回はコロンビア大学ビジネススクール特別講座を書籍化したシーナ・アイエンガー『選択 の科学』文藝春秋を取り上げました。9年前のベストセラーですが、今年の初めにダイヤモンドオンラインに掲載された「東大で史上一番売れた本」のランキングでも16位とまだまだ人気の衰えない本です。

選択の科学

目次

イヤイヤ期の子どもたちは何をしているのか

最近ツイッターを読んでいて、イヤイヤ期の子どもさんを育てている親御さんのご苦労が書かれているのを興味深く読みました。
前回『問題解決の授業』で定義したように、問題とは理想と現実の差にあるということでしたから、親御さんから見た理想とお子さんが繰り広げる現実には差があり、ともすれば問題と見えてしまうところもありそうですが、この親御さんはお子さんの視点に立ってお子さんにとっての問題が何かを一生懸命に考えておられました。お子さんのフラストレーションはどんな理想と現実の差から起きているのか?と。

発達心理学によれば、この時期の子どもたちはイヤイヤをしながら自我の芽生えを体験し、自己主張をしながら自己を形成しているのだということです。
育児書にイヤイヤ期の子どもたちには選択肢を与えると良いという指南を見かけました。
例えば、「ご飯食べる?」「イヤ!」「じゃあ今は食べるのはやめようか」「イヤ!食べる!」といった具合なのだそうです。

選択 肢があって、その中から自分で選ぶことができるということが自己形成である、というのは頷けます。なぜなら同じ出来事に対してどう受け取り、どうそこからアクションするかにその人らしさが現れるということは、私たちが日常的に経験していることだからです。外の世界に興味を持つという自我の芽生えがあり、生理的欲求ではなく興味を満たすことを主張する。

それは著者がこの本を通して書いていることでもあります。つまり彼女は 選択 は人間の本能であると。まさにイヤイヤ期の子どもたちの逼迫したようなイヤイヤを見ていると、人間は本能的に自分で選びたいと主張してゆくのだなと感じます。

一方で、イヤイヤ期の親御さんの苦悩は子どものイヤイヤが予測もコントロールもできないことだけではなく、イヤイヤしている子どもたちがその選択の全部の責任を取れる判断ができないということにもあると思います。
つまり、怪我に繋がってしまわないか、事故を起こしてしまわないか、一生心に残る傷になってしまわないか?ということは親がある程度判断しなければならず、その上にそれをこの年齢の子どもたちに納得させるのが難しいということでもあると思うのです。

自由とは選択して責任を取ること

この本は著者であるアイエンガーさんの講義を書籍化したもので、厳格なシーク教徒のインド系アメリカ人で盲目の彼女が今の自分となるまでに目の前に現れた選択肢をどのように選択してきたのかということを序盤に語ります。彼女は実にたくさんの試練に見舞われますが、その度に 選択 して自立や自由や自分らしさを獲得していきます。

アメリカでインド系移民であること、信心深い宗教の教徒の家の娘であること、その家の父親が早くに家族を残して亡くなってしまったことなど、どれをとっても彼女の選択の条件はそれほど恵まれていたわけではないはずです。
古い慣習など今では差別に見えるものの中には、時代背景として社会的に女性や障害者や子どもや信徒や老人を守るために始まったものもあり、盲目的に守られていたのは考えなくても従っていれば守られた時代があったからとも考えられます。
時代や事実にそぐわない慣習を子どもを守ろうとして親が子どもに盲目的に押し付け、親子の間に衝突が起きることはどの時代どの国どの家庭でもあることでしょう。
彼女は「だから私はダメだ」と思うか「でも私はできる」と思うかの選択肢があることを、そして、条件が良くない中で「それでも私はできるしやる」と選択したその責任も引き受け、自由と彼女らしさを獲得してきました。

この本ではこの後、選択の条件や人間の認識の癖や傾向についての心理学的な実験などの事例を交えた考察が続きます。この辺りは本を読んでいただくとして、次回書評の後半では読書中と読後に感じた「選択の先にあるもの」についてまとめてみたいと思います。


ライター:鶴見紀子(True Color Create / WE GiRLs CAN

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です